野村英夫

白く透けた硝子戸にはフランスの新聞がはつてある。 埃りだらけの戸口にはどれも眞つ黑な 靴とマントと杖が置いてある。 その狭い司祭館の一部屋で フランス人の老司祭は一人もの思ふのだ。 テーブルの上には古風な毀れた眼覺し時計が いつも倒れたままで置いてある。 私はいつかそれを起して見たが それは急に止つてしまつた。 司祭は笑ひながらそれを倒したが するとそれはまた動き始めた。 こんな狭い一部屋で司祭は眠るのだらうか? いつか司祭は寂しさうに笑ひながら 子供達にさへ小さ過ぎる 片隅の長椅子の上を指さして見せた。 テーブルの上に置かれた 靑い眞珠母色のマリアの像。 私はそのやうに清らかな 優しくてもの悲しい一部屋を知らなかつた。